2011年07月15日

石巻回顧録。















*唯一のケータイ写真は、ぼんやりとしか撮れませんでした。








石巻に暮らす
大学時代の同級生Kちゃんと再会してきました。


今は罹災証明があれば高速道路が無料なので、
それを使い三陸自動車道で約1時間。
待ち合わせは、石巻イオンにて。
このイオンも震災の時には非難所として
多くの方を救いました。
また、平日にも関わらず、駐車場は満車というぐらい
賑わってて今でも石巻の方を支えているようです。



震災があってから一番最後に連絡が取れたKちゃん。
実際に津波に飲み込まれて危機一髪、助かりました。



会いたかった!
やっと会えた!
そんな気持ちでハグで再会すると
何だか泣けてきました。



こうして、「あの」石巻で、Kちゃんと一緒に
普通にパスタを食べて
普通におしゃべりしているという何気ないことが
ありがたく幸せでした。


食事の後、津波で壊されてしまったKちゃんちを起点に
石巻を案内してもらいました。
宮城県で第2の大きさの都市がほぼ壊滅した情景は
コトバにならなかったし、写真を撮る気もわきませんでした。


焼け焦げた小学校の校舎からは
海水と火に迫られた光景が滲み出ており
街のメインストリートや運河は、皮肉にも海水を
街の隅々に至らせる道になってしまっていたそうです。


縮尺を縮めて考えると
きれいごとでは済まないことが
瓦礫の山のように溢れています。


でも、日和山という、高台にあがり
縮尺を広げて街を見渡していると
そんな街にも希望を感じられた瞬間がありました。
街中から、カンカンカンと造船所のような音が響いてました。



何かを・・・
解体する音なのか
造成する音なのか
運ぶ音なのか
分からないけれど
希望の槌音であってほしいと
感じました。



相変わらず、なんにもできなくて、
なんにもしていない私だけど、
石巻の風景をこの眼に焼き付けようと思いました。



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この記事へのコメント
あうあう

目の幅涙な迂闊!

命の御祝びら(ぬちのぐすーじ)だ妖~
Posted by ぞんびちゃん at 2011年07月17日 02:59
★ぞんびちゃん
泣いてくれてありがとう。
ぞんびちゃんと舞天さんと林助さんで
命のお祝いしてちょうだいね。
Posted by みさきみさき at 2011年07月17日 23:36
実際、大きな都市がほぼ壊滅状態になった現状を目の前にした時、私に何ができるのか・・と考えさせられました。
はやく街も心もてぃだカンカンカンとなりますように・・・。

*Kちゃんとこれからも仲良くねー☆
Posted by ピーピッカー at 2011年07月21日 07:14
★ピーピッカーさん
ある日突然、58号線以西の町がなくなってしまうとか
そういう風に置き換えるとかなりリアルに
なりますよねー。
Posted by みさきみさき at 2011年07月22日 20:39

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石巻回顧録。